ディギットBMXが厚木に会った頃は年に数回来て頂いていたテクノ南海の会長さんが、昨日、本当に恐縮ながら佐賀まで来てくださいました。
テクノ南海の会長さんとは多分もう15年以上のお付き合いです。
以前もいきさつを書いたことがあるかもしれませんが、当時フリーコースターハブを探していた僕が行き着いたのが、テクノ南海(当時は南海鉄工)のコースターブレーキハブでした。このハブをディギットでフリーコースターに改造してディギットー南海フリーコースターハブとして売り出したのが始まりでした。最初は売れるのか不安でしたが、テクノ南海のハブはフリーコースターの改造して使える構造だったので徐々に人気がでて数年後には日本一になりそのまた数年後には世界で一番のフリーコースターハブになりました。
僕も、そしてディギットのチームライダー(OBのライダーも含めて)がアイデアを出したり、テストに参加させて頂いて今も素晴らしいクオリティーを誇るハブで有り続けています。僕もこれだけ色々参加させて頂けているとテクノ南海さんは身内というかファミリーのような会社なんですね。アイデア抜群で行動力に優れたエンジニアの専務さんと、世界中に出掛けていろんな意見情報を仕入れて、ライダーとの窓口としても活躍しておられる会長さんの人柄もあって愛される製品が出来ているんです。
今世界一の自転車生産国は台湾だと思いますが、その前は自転車と言えば日本だったんです。断然日本が世界一だったんです。でも企業というのはコストダウンが命題みたいなところがあって、よその国で人件費が安ければそっちで生産はするという風にしちゃうんですね。本当は自分の会社で考えてその場で生産するとうのが良いと思うんですけど、考えるて設計することまでして、その後は手を汚すがイヤなのか生産はよその国でってなってますね。歴史的に見ると第二次世界大戦後アメリカは人件費の安かった日本に生産を任せていました。つまり下請けってヤツです。ところがそうやっていくうちに物作りをしているとどんどんクオリティーが上がってくるわけですよね。最初はMade in JapanはB級品代名詞だったんですよ。それがアメリカから技術を盗めてしまったので、自分のところで設計も生産も出来るようになったと。しかもはMade in Japanは高級品の代名詞にもなりました。逆にアメリカは衰退してしまいました。時代は流れて今度は日本がアメリカと同じことをやってしまったわけです。台湾に生産させるということですね。するとやっぱり台湾はクオリティーが上がって今では世界一の自転車生産国の座を日本から奪ってしまいました。
だけど奪えてない部分がまだまだありますよ。それはまだMade in Taiwanは一級品の代名詞になれていないことです。対してMade in Japanは今だに一級品の座を守っています。
長々と何を書いているのかというと結局は、物作りをやめた国は廃れてしまうと僕は思うんです。最終的には物作りが出来る国は生き残っていけると思うんです。ですから数少なくなってしまった日本の自転車、自転車部品メーカーを僕は応援したいんです。もちろん消費者であるライダーも日本製をつかっていると言うことを自慢に思ってくれたらうれしなと。そして自慢してもらえ商品をテクノ南海さんは作り続けてくれてます。

なぞと、訳の分からないことを書いてしまいましたがここからが本題です。
テクノ南海では今も続々と新しいプロジェクトを進行中でその事もあり会長さんから色々と説明して頂いたんです。そして僕も僭越ながら自分の意見を言わせて頂きました。
このニュープロジェクトが気になる方はチームライダーの大仏、河村卓馬をチェックしてくださいね。この二人は次のKOGでチェック!
他にもサル君、小田ケイジ、BMXレーサーの菊池雄くんもこのニュープロジェクトのテストライダーになってくれることになりましたのでどこかで彼らを見つけたら「ど〜れ?な〜に?」と質問してやってくださいね。

(調子に乗ってみんなで写真撮影です。)
そんなこんなしていたら、太郎とエトゥがやってきました。テクノ南海の会長さん、若い子と話するのが大好きです。彼らが来たら本当に嬉しそうに製品のことを聞いたりライディングについて聞いたりと色々と意見交換をしてました。
ま、太郎の言うことが参考になるのかどうかははなはだ疑問ですがね。

(意見交換をする太郎と会長さん....おっと、太郎が手に持っているのは...まだ秘密。)


その後太郎は調子に乗ってディギット裏の小川を一気飛び!
.......かと思ったらびびって飛びませんでした。年のせいか守りに入っているのか?倉谷太郎!
しっかしこの男、自分大好きです。何たって自分の顔が入ったTシャツを堂々と着こなしておられるんですからね。今時これほど自分が好きな人に滅多に会えませんよ。
丁度、家の娘が学校から帰ってきたんですが、娘の友達に太郎大受けだったらしいです。「あの人、自分をTシャツにプリントしているよ。」凄い!って。
だかしかし、ディギットでこのTシャツ売り出しますが僕、実は早く着たいんです! 早くできあがってこないかな。
この後太郎とエトゥは佐賀ライダーの辻君、藤井君とショーの予定があるらしく佐賀ん街に消えてきました。
僕は会長さんと佐賀ん街にお食事にいきました。
こんな佐賀の小さな会社(ディギット一応会社です)とお付き合いしして頂けるテクノ南海さん素晴らしい会社です。
翌日、会長さんは山口県に自分のツール探しの旅にいかれました。
おしまい。またのお越し心よりお待ちしております。
皆さんも佐賀県にお越し下さい。勝手に佐賀県に来んね協会会長 Skip

