みなさん、どーも。
佐賀新聞の記事に載せて頂いたおかげで数人の佐賀県ライダー予備軍の方が来てくれて佐賀のBMX人口もちょっと増えそうな勢いです。だけど何故、僕ごときがほとんどの佐賀県民が読んでいる佐賀新聞に写真付きで紹介されたのか? それはこんな訳だったんです。
県外に住んでた僕ですがいつか佐賀に戻ろうという気持ちはずっと持ち続けていました。以前、帰省したときに父の実家で佐賀新聞を発見、その時に佐賀に戻るためには佐賀を知らないとっと思い、早速佐賀新聞社に電話して神奈川に送ってもらうことにしました。なにぶん距離があるので2日遅れで届く佐賀新聞、毎日それを読むのが僕の日課となりました。
二年前やっと現実味を帯びてきた佐賀移転。行動力のない僕が最初に相談したのが佐賀県庁の「ネクストステージ・佐賀」でした。ここは佐賀県に移転してくる方の相談窓口でまるで自分のことのように親身に相談にのってくれます。移転して事業を始めるということで一番気がかりなのはやはりお金の問題です。資金というヤツです。そこで佐賀には「転入創業奨励事業」なるものがあると教えていただきました。それでぜひ応募したいと思ったわけです。
そして今回、佐賀に戻ったことでこの事業に応募する資格を得て、早速応募させてもらいました。
応募には書類を書いたり、色んな役場にいって書類を集めたりと僕が最も苦手とする困難がありましたが、いつものように締め切り間際に火事場の馬鹿力ってヤツを発揮して何とか応募できました。
さて、これで後は採用されるのか落選するのかそれを待つのみ!なんて気軽に思ってたら師走も間近になった11月のある日、県庁の担当の方から「12月○日に面接を行います」との連絡がきたんです。なんと!これは寝耳に水、聞いてないよ!です。僕が甘く見ていただけなんですけどね。しかも面接では最初に約10分プレゼンをせろとありました。これまた私が苦手とすることでございます。しかも面接の日まで約一週間しかないし......どうしよう.......
と言うわけで当日はやってきてしまいました。僕がその間に編み出した対策は「なにもない」......。
県庁の指定されたフロアーに来ると、前の方が部屋の中で質問されている声が聞こえてきました。なんだか難しいことを聞かれているようです。廊下に置かれたイスに座って、どきどきしながら中から聞こえてくる内容に聞き耳を立てて待ってました。幸いなことに担当の方が綺麗な女性でその笑顔の対応振りにかなり勇気づけられました。
そのうちドアが開いて前の方が丁寧に挨拶をされて出てこられました。その顔に疲労の色がにじんでいたのを見逃しませんでした。
もちろん次は僕の番、この土壇場でもなんの構想も出てこない自分に呆れながら数人の審査の方に囲まれていよいよプレゼン開始です。何を話したのか.....実はほとんど覚えてません。熱いことを語ったことは間違いないと思いますが、途中、座っても良いですよ。っていわれたことは覚えてます。どうやら頭真っ白で立ち上がって熱弁をふるっていたようです。そして呼吸を止めて一気にまくし立てるように話した後、自分の中で「よし、終わった、言いたいことはほとんど言ったはずだ。」という思いがありました。時間も少なくとも7−8分は経っているはずだと思い、時計を見ると.....にゃーんと、たった二分ちょっとしか経っていないではありませんか〜!!!!
困った、これには困った、その後はしどろもどろで何とか話をつなげておりましたら、そのうち「もう良いですよ。」と神の声とも、地獄の声ともとれる声がかかり何とかプレゼンは終了。
その後は質疑応答でした。これは結構得意とするところです。とはいえ僕の場合途中で話が飛んでしまうのが難点。自分では分かっているのに飛んじゃうんです。そして話していると途中で確認をする僕が「おいお前、さっきと話がちがってるぞ。」って教えてくれたりして、その場合はそれとなく気がついて徐々に気づかれない様に話をモトの話題に戻して無理矢理結論を作っちゃうんですが、多分聞いておられる人は「?」って思ってるんじゃないかと推測します。そんな感じで、大人に囲まれる環境に馴染めない僕の支離滅裂面接は終了したのであります。ほっとしましたが、自分で評価は「あんたは本当にダメな大人だ」と再認識してしまい、ちょっとだけ凹んでしまいました。しかも多分落選するだろうし。だけどもう終わったことはどうしようもないからと、開き直って後は天に任せました。
そして数日が経ったある日「採用が決定しました」との吉報があり、これ本当に嬉しかったです。その後、わざわざ県庁の方も来てくれたし、その時にBMXを散々宣伝して担当の方も興味深げにしておられたりで、良かったなって。
しかも「若者がかかわるような事業で応募が採用されたのは始めて」なんだそうです。これも嬉しいです。
その数日後、佐賀新聞社サンが取材に来られて念願の佐賀新聞に写真付きで載せて頂いたということです。幸せ者です、僕は。
これだけ、佐賀県によくして頂いたのでしすから、僕は地域に何かを残したいと思ってます。恩返ししないと。
佐賀県は人口が少ないとか有るんですが、行政と人とが本当に近いという素晴らしい部分もあります。この距離感は神奈川県とかと比べると数十倍(それ以上かも)近いです。本当に都会では絶対にないとこなんです。近いので直接、僕らの意見を言えたり行政がどんな考えを持っているのかを知ることが出来たりします。だからBMXという社会的に認めてもらいにくい文化も理解しようとしてくれています。
お隣のF県なぞは若者が遊んでいると言うことは「悪」と言う意識の方が強いみたいでBMXなぞは街から排除されるようにな感じです。それに比べると佐賀県は前向きだと思います。
僕の力だけでは何も出来ないかもしれませんし、一番必要なのはライダーの皆さんの力、声です。まだまだBMX未開の地佐賀県ですが全国の皆さんにもきにしていて頂いて、BMXの佐賀県を開拓します。
商売的的な事だけを考えるのであれば都会の方が良いのかもしれません、だけど、都会では不可能であろうコンパクトな環境の中で社会に貢献しながらやっていきたいなって思うんです。偉そうだけどそうなんです。だから僕は今まで以上にライダーから支持してもらえるようにBMXの事をいっぱいいっぱい考えて行きますと決意を新たにします。
ちょっと今日は真面目な話でごめんなさい。


